脳卒中後に認知症になるって本当?

脳卒中の後遺症には様々な種類があります。運動機能に関わるもの、頭の理解力などに関わるものなど。今回は脳卒中、脳梗塞による認知症があるのかといった内容を見ていきましょう。

血管性認知症とは

血管性認知症(vascular dementia:VaD)はすべての脳血管障害に起因する認知症の総称のことです。一般に初回の脳卒中発作でいきなり認知症を発症することは稀で、脳血管性障害を繰り返すか、潜在性に病変が進行することが認知症の発症要因として重要です。

また、前頭前野へのネットワークが障害され、実行機能の低下や自発性の低下すなわちやる気が低下し、廃用性認知症に陥る例が多いです。血管性認知症ではアルツハイマー型認知症(dementia of Alzheimer type : DAT)に比較して高度の認知症は少なく、老年期認知症の中では軽視されがちであるが、広い意味での血管性認知症は高齢化とともにむしろ増加しているようです。早期治療で進行を抑制しうる点をもっと認識すべきであるとの意見もあります。

血管性認知症の定義

血管性認知症の定義はDSM-ⅣとADDTCによるものが代表的です。こういった定義や指標は日本にとどまらず世界で決められているものです。血管性認知症の認知症に関する定義では、DSM-Ⅳでは記憶障害に加えて失語、失行、失認、実行機能障害のいずれかを認めることとされています。

しかし、血管性認知症では大梗塞の合併による場合を除いて失語や失行、失認はアルツハイマー病(Alzheimer disease : AD)に比して少なく、また、脳血管障害における失語や失行は認知症とは関係しない場合が多いです。さらに両側前頭葉梗塞では長谷川式簡易知能スケールなどの知能テストは正常で高度な実行機能障害を呈する場合があります。したがって記憶障害や皮質症状を中核とする認知症の診断基準はアルツハイマー型認知症などの皮質性認知症に適応したもので、我が国の血管性認知症には適していないといえるでしょう。この点ではADDTCの血管性認知症における認知症の診断基準はDSM-Ⅳよりもより現実的です。血管性認知症の分類と病態についてはNINDS-AIREN国際ワークショップ(1993年)で分類されているとのことです。

他の認知症との違い

血管性認知症は皮質下性認知症になります。血管性認知症とアルツハイマー型老年認知症の基本的な違いは認知症をきたす病変部位の相違にあります。すなわち血管性認知症は皮質下性認知症であり、アルツハイマー型認知症などの変性性認知症の発現機序は大脳皮質神経細胞自体が広範に脱落する皮質性認知症です。皮質下性認知症は背外側前頭前野回路を中心とする基底核、視床などの諸核やその投射路である白質が障害されて起こるものとなります。

血管性認知症以外にはパーキンソン病や進行性核上性麻痺などによるものが多く、血管性認知症の代表であるビンスワンガー型認知症をSPECTという検査機器による脳血流分布をみてみると、びまん性白質障害にもかかわらず前頭前野血流が著名に低下しています。

脳梗塞後の認知症の特徴

記憶障害

脳梗塞後の認知症ではアルツハイマー型認知症に比して記憶障害の重症度は比較的軽度です。思い出せなくても前に提示したものを再提示した場合の再認やヒントによる改善が認められることが特徴です。努力を要するような記憶は障害されますが、自動的な記憶はよく保たれるようです。

注意障害

脳梗塞後の認知症では注意の持続障害や集中力の低下がよくみられます。

実行機能障害

脳梗塞後の認知症では実行機能の障害が目立つことが特徴です。そもそも実行機能とは以前に蓄積した情報をものごとの予測や計画変更、実行、新しい活動のモニターをするのにうまく利用、操作する機能のことをいいます。前頭前野の重要な機能ですね。これらには知識を獲得する能力や考え方の切り替えを行う能力などの認知機能が含まれています。考えの切り替え能力をみる代表的な検査にWisconsin card sorting testというものがあります。これは認知症が高度ではないレベルでは脳梗塞後の認知症でアルツハイマー型認知症に比してより障害されていたとの報告があります。前頭葉検査の一つである語想起検査でも脳梗塞後の認知症で成績が悪いとの報告もあります。語想起が前頭葉と関係していることは比較的新しい機能的MRIによる研究から確認がされています。

認知過程の遅延

脳梗塞後の認知症ではアルツハイマー型認知症に比べて早期から認められて、また、その障害程度も強いです。つまり情報処理することが遅く、その能力が低下しており、頭の回転が悪くなったような状態ともいえます。

感情障害

うつ状態が高確率でみられます。アルツハイマー型認知症と比較すると、アルツハイマー型認知症ではうつ状態が17%なのに対し、脳梗塞後の認知症では40%と、かなり有意な差を示しています。

人格変化

最も多いのは自発性の欠如と低下、すなわちやる気の低下です。これはアパシーと呼ばれています。

次いで易興奮性が多いとの報告があります。

早期診断のポイント

認知症の初期診断は当然ではありますが、まず認知症なのではないかと疑うことから始まります。家族や友人が物忘れに気づいていたり、問診の中で患者自身が物忘れを訴えたり、話しているうちに医師や看護師などがおかしいなと思ったりしたときに本当に記憶障害があるのかを確認するのが初期診断の第一歩といえます。

認知症スケールなるものは多くの種類がありますが、簡便性や実用性を考えると、我が国で最も普及しているのは長谷川式簡易知能評価スケール(HDSR)です。とても有名なものですので、皆様も聞いたことがあるかもしれませんね。この長谷川式認知症スケールの満点は30点で、20点以下が認知症の疑いありと判定されます。長谷川式認知症スケールには前頭葉機能検査である語想起も含まれるため、欧米で使われることの多いmini mental state examination(MMSE)よりも脳梗塞後の認知症を検査することには適しているといわれています。外来では一見すると普通に見えても長谷川式認知症スケールを実際に行ってみると低い点数で以外に思う例も中にはありますが、家族などによくよく聞いてみると認知症の症状が既に出現している場合が多いです。介護保険の認定に認知症の判定が必要であり、長谷川式認知症スケールは必須項目の検査となっています。

また、軽度なうつ状態ややる気の低下をみつけるためには自己記入式抑うつ尺度ややる気スコアが簡便で有用とされています。抑うつ度もやる気とともに前頭葉血流と関連しているといった報告もあがっています。

アパシー

脳梗塞後の認知症の症状であるやる気の低下のことをアパシーといいます。このアパシーは例えば失語症のような局所での症状ではありません。しかし最近の研究によって、抑うつでは特に精神運動抑制が強い例で前頭前野と前部帯状回でブドウ糖代謝低下が著名にあると報告されています。脳卒中後のうつ病は病変が左前頭極に近いほど起こりやすいことが指摘され、脳卒中後のうつ病は器質的なうつ病であるとされました。その後セロトニン代謝の低下も左前頭葉で生じていることが明らかにされました。

早期発症者でアパシーと抑うつのある群とない群を比較した研究では、ブドウ糖代謝が前者では左眼窩前頭皮質という場所で低下していたのに対して、ない群では背外側前頭前野で低下していることが分かり、両者の発現する脳内回路が異なっていることが推測されることとなりました。アパシーも抑うつも前頭前野と密接な関係を有することが明らかにされていますが、アパシーの方がより強い関係である可能性があります。この事実は前頭葉性認知症を呈する脳梗塞後の認知症でアルツハイマー型認知症よりもアパシーや抑うつが出現しやすいことを示しています。他にもとある外国の論文では、脳梗塞後の認知症の日常生活自立に対してアパシーが独立した重要な因子であることを強調しています。つまり、日常生活スコア全体ではアパシーの関与が36%に及んでおり、認知症の重症度の関与は15%であった。基本的日常生活スコアに対してはアパシーの関与が27%と最も大きく、認知症重症度や実行機能などは有意な関与を認めなかったという報告もあります。道具の使用した日常生活スコアでは認知症の重症度が最も大きく37%を占めていますが、アパシーも14%と有意な関与を示しています。

以上などからいえることは、脳梗塞後の認知症では日常生活自立の全般的認知機能よりもアパシーが密接に関与していることが明らかになったとされています。したがってアパシーは脳梗塞後の認知症における実行機能低下と密接に関連している可能性がとても高いということです。

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