脳卒中後のトレーニングで気にしてほしい重要なポイント8選

脳卒中後片麻痺の方が運動を行う場合、運動行動の運動学的原理をある程度理解している必要があります。

脳卒中による量的あるいは質的な徴候が、運動行動にどう関わり、それがどう健常者と違うのかはトレーニングのポイントとなります。

重要なポイントをいくつか考えてみましたのでぜひご一読ください。

1.情報の感受と行動の計画的組織化

ヒトの運動行動は、内的あるいは外的な環境からの情報を脳が制御、加工しています。そして目的に応じて組織化された行動計画が作られています。

それが脳から命令として身体を動かすための筋に伝達され、筋は必要な収縮様式と力を発揮して関節に作用し、身体各部分のアライメントを合目的的に変化させる過程で成立します。

つまりトレーニングを行う際には、行うべきトレーニングが正しく行われているかどうかというより、まずは行うべきトレーニングに対する認識や正しいか。そしてそれを正しく発揮できているかが重要となります。

2.必要なアライメントとその協調

まず前提として運動を行うために必要となる関節の可動範囲を有しているか。
さらに運動は一つの関節だけを動かして行うものは少なく、基本的には多関節での運動となることが大半です。

つまりたくさんの(隣接している)関節が達成したい運動に対して必要な可動範囲を有しており、かつ、その運動を適切に各関節が作用することが重要となります。

とはいえど脳卒中後の徴候などから身体が硬くなってしまうこと(拘縮など)や筋が必要以上に緊張してしまうこと(過緊張)などから、思うように動かせないあるいは関節の可動を制限してしまっていることがある場合もあるかと思います。
そのような場合は、痛みのない出来る範囲の可動範囲で結構です。
無理やり引っ張ったり、痛みを堪えながら可動を広げてまで行う必要はありません。
かえって痛みを増悪してしまったり、筋や軟部組織が損傷してしまうことになりかねません。
まずは無理のない範囲をベースに行うことが望ましいでしょう。

3.目的に応じた筋収縮のタイミング

筋の働きにおいて、どうしても力の量に注目しやすいかもしれません。
いわゆる筋力増強に重きを置いたトレーニングです。
しかし脳卒中後片麻痺の場合、脳や神経の損傷からくる運動行動の障害が出現しますので、筋の量だけではなく、むしろ筋がベストなタイミングで力を発揮できることが重要となってきます。

つまりタイミングよく動くことができ、タイミングよく動きを終えることが大切なのです。

脳卒中後片麻痺の場合はこのタイミングが遅くなることだけではなく、早くなってしまうこともしばしばあります。
適切なタイミングで行えることを意識してみると良いかもしれません。

4.目的に応じた筋の収縮活動様式

筋には働くためのパターンがいくつかありこれらを組み合わせることでヒトの身体における運動行動が成立しています。

まず静的収縮と動的収縮に分かれます。
一言で言えば関節の動きを伴った収縮が動的収縮、関節の動きがない状態での収縮を静的収縮と呼びます。
そしてこの静的収縮を等尺性収縮と呼びます。
『尺が等しい収縮=関節の動きがない』です。

さらに関節の動きを伴う収縮を等張性収縮と呼びます。
『張力が等しい収縮=関節の動きがあり動いている』です。

そしてこの等張性収縮はさらに種類があり、求心性収縮と遠心性収縮の2種類があります。
この2種類の収縮様式を駆使してヒトの運動行動は成立します。

求心性収縮とは、筋の付着している部分が近づきながら関節の動きを伴って収縮します。
重たいものを持った状態で肘を曲げる動きであったり、上に持ち上げる動きなど。
いわゆる筋力トレーニングのイメージは、この求心性収縮によるものではないでしょうか。
基本的には求心性収縮の方が簡単で行いやすいものになります。

遠心性収縮は、筋の付着している部分が離れながら関節の動きを伴って収縮します。
水の入ったコップを口元からテーブルに置く動きやゆっくり座るときの動きなど。
このように遠心性収縮とは、ゆっくりブレーキをかけながら動きを制御する際に活動する場面が多いのです。

つまりヒトの日常生活においてこの遠心性収縮は非常に重要であり、かつ、生活の多くの場面において多用される収縮様式なのです。
脳卒中後片麻痺でなくても加齢に伴ってゆっくり座ることができずドスンとなってしまいやすいことは容易に想像がつくかと思います。

このことからトレーニング場面においても遠心性収縮による筋収縮ができるとより日常生活に近い筋収縮でのトレーニングになるかと思います。
マシントレーニングにしても、自重を使用したトレーニングにしても、そのトレーニングの速さや重さによっても収縮様式を変えることができますので、できるだけゆっくりブレーキをかけるイメージで行うとより良いかと思います。

5.目的に応じた筋の力配分

力とは物体の状態を変化させる作用のことです。
どうしてもイメージとしては、力が強ければ強いほど良いと思う方は大勢いるのではないでしょうか。
当然、重たいものを持ち上げるために必要な力、速く走るための力というのは、力の量が非常に重要になってきます。
しかしヒトが日常生活を営む中で力の量が求められる場面とは、果たしてどの程度あるでしょうか。
恐らく殆どの方が殆どの場面で適切な力の量で身体を動かすことができれば基本的には事足りているかと思います。

我々ヒトとは無意識に身体を動かす時に、いちいち腕をあげることや指を曲げることに意識を向けずとも自動的に意図した動きを遂行できます。
これは脳からの指令によってその求めている動きを神経を介して筋に動くための指令を出しているからですが、それだけではなく、そこにはどの程度力を量を出せば良いのか適切な量に調整する役割も自動的に行われています。

例えば、5kgのものを持ち上げるときの腕の力と、10kgのものを持ち上げる時に我々はその力の量を重さから推測し予測的に自動的に調整して力を発揮します。
そのシステムによって重さに応じた力の量が調整されているため、自然とも持ち上げることができます。

このことから、トレーニングにおいて力の量は絶対ではないことが分かるかと思います。

力が強い=動きが良くなるというイメージを持ってしまうと、筋力を増強するトレーニングが優先されるかと思いますが、必ずしもそれが全てではないことは理解しておくと良いかと思います。

ただしトレーニングにおいて力を強く出すことや筋力を鍛えるトレーニングが有効であることも多くありますので、自分の状態に応じてトレーニングの方法や負荷量などを調整できると良いでしょう。

6.目的に応じた筋収縮活動の余裕

目的地まで歩くためには絶えず足が動き続けます。
食事の際には利き手は箸やスプーンなどを駆使して食べ物を口に運び続けます。
このように、『動く』ということは『動き続ける』ことでもあるのです。
基本的には何をするにしても同様のことが言えるかと思います。
ヒトの動きとは絶えず連続して筋や関節が動いており、その結果として目的が成されます。

例えば歩くことでイメージしてみましょう。
健常者であれば数メートル歩く、数キロ歩くことに対して特に問題なく歩くことができるでしょう。
これはエネルギーを効率よく使用することで足や心肺機能に大きな負担を掛けずとも動作が成立するからです。
もちろん距離が長くなればなるほどエネルギー効率だけでは補完ができないので、足も疲れますし息もあがるでしょう。

しかし脳卒中片麻痺を呈していると効率の良いエネルギー転換ができず筋力でカバーするような、所謂しんどいやり方になってしまいがちです。
機能的に心肺機能が低下したり、筋力が低下していることも加味されると思いますが、余裕のない動作になってしまうことが動きを阻害してしまう原因にもなりかねません。

一つの動作を達成することを目標に行うトレーニングも大切ですが、動作の効率に着目してトレーニングを行うことも生活する上では重要になります。

トレーニングは負荷量が全てではありません。
ある程度の反復性、そのときの正確性、それを適切に繰り返す再現性などにも意識を向けてもらうと良いのではないでしょうか。

7.目的に応じた関節の可動域や運動の方向性

ヒトの運動行動において単独の関節のみで達成されるケースは少なく、その多くの関節が適切な方向に動くことで達成されます。
そのためにはそれぞれの関節が必要なだけの可動域を有しているだけでなく、それらが協調的に方向づけされることが重要となってきます。

例えば手の役割は物を持つ、使うことが最たる役割になります。
そのためには掴む対象の物に対して肩関節、肘関節、手関節、手指が適切な方向に可動する必要があり、それによって動作が成立します。

足であれば目的地まで進むことが最たる役割になります。
そのためには股関節、膝関節、足関節などが身体を支えながら進みたい方向に推進する力を生成することで動作が成立します。

肩関節や股関節などは球関節と呼ばれるあらゆる方向に動くことのできる自由度の高い関節です。
つまりこれらの関節が足や手を動かす方向の舵取りをします。

脳卒中片麻痺者の場合、筋の硬さや力の出しやすさによって方向によって動きが制限されやすくなることがあります。
例えば足を伸ばす力は出るけど、曲げる力が出にくいなど。

このことからトレーニングにおいては単一方向への運動に拘らず、様々な方向へ関節を可動させることを意識しても良いでしょう。

8.目的に応じた運動行動の多様性

脳卒中片麻痺後のトレーニングでは手足が動くようになるということが目標になりがちかもしれません。
しかしそれでは実際の生活動作に結びつきにくいこともあるため、実際の動作を目標に掲げることがセオリーです。

ただし目標とは短期目標長期目標というように細分化して、達成へのプロセスを刻むことで、よりモチベーションを維持できたり、新たな目標が見つかったり、修正したりすることができます。

目標動作が『出来る』ことを目標にするだけでなく、『どの程度出来る』ことや『何回出来る』『どのくらいのスピードで出来る』など少し詳細な目標が見えてくると良いでしょう。

歩けるようになることが目標なのであれば、『歩けるようになる』ために、まずは『10m手すりを使用して歩く』、そして『10m杖を使用して歩く』、さらに『100m杖を使用して歩く』など一つづつのステップを考えると良いでしょう。
もちろん距離だけでなく、歩き方、歩く場所、歩幅など設定できる数値目標は多様です。
この一つ一つを達成した先に最終的な目標となりますので、焦る気持ちはあるでしょうが、まずは自分の目標に対するステップを考えて見ると良いかもしれません。

最後に

以上、脳卒中後のトレーニングで気にしてほしい重要なポイントをいくつか挙げました。
どれも重要なポイントですが、全てを最初から完璧に行う必要はありません。
まずは自分の出来る範囲で一つづつ意識してもらうと良いでしょう。

トレーニングにおいて量は絶対に必要ですが、その効果をより高いものにするには一つ一つのトレーニングの質が伴っていることがより大切です。

質の高いトレーニングをするためにもぜひ参考にしてみて下さい。

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