脳卒中後の体幹機能について〜体幹リハビリは必要なのか?〜
脳卒中後のリハビリテーションにおいて、麻痺した手足の動き(四肢)に目が向きがちですが、実はそのすべての動きの土台となるのが「体幹機能」です。
今回は、脳卒中後の体幹機能に関する評価と治療について網羅的にまとめた世界的なレビュー論文『A review on assessment and treatment of the trunk in stroke: A need or luxury』をベースに、そのエッセンスをわかりやすく要約してお届けします。
「体幹リハビリは本当に必要なの?(Need = 必須項目、Luxury = 贅沢品・余裕があればやるもの)」という問いに対して、論文が導き出した明確な答えと、日々の臨床やセルフケアに役立つ知識を紐解いていきましょう。
コンテンツ
1. なぜ脳卒中後に「体幹」が動かなくなるのか?
脳卒中を患うと、一般的には「片麻痺(体の片側が動かしにくくなる状態)」をイメージされる方が多いと思います。しかし、手足とは異なり、体幹(中枢部)は麻痺側だけでなく、非麻痺側も含めた「両側」の機能が低下することが研究で分かっています。
両側の筋肉が弱くなる理由
人間の体幹を支える筋肉(腹筋群や背筋群)は、脳からの指令が左右両方の神経回路を通って伝わる仕組み(両側性支配)を持っています。そのため、脳の一側にダメージを受けると、一見しっかりしているように見える非麻痺側の体幹筋も、本来の出力を発揮できなくなってしまうのです。
予測的姿勢調節(APA)の喪失
私たちが手を伸ばしたり、一歩を踏み出したりするとき、意識しなくてもその一瞬前(約100ミリ秒前)に体幹の筋肉がキュッと収縮し、姿勢が崩れないように先回りして支えています。これを予測的姿勢調節(APA:Anticipatory Postural Adjustments)と呼びます。 脳卒中後の体では、この「先回りするスイッチ」がうまく入らなくなります。土台がグラグラな状態で手足を動かそうとするため、過剰に肩をすくめたり、体を大きく傾けたりといった「代償動作」が出やすくなってしまうのです。
2. 臨床で使われる信頼性の高い「体幹評価ツール」
論文内では、患者様の今の状態を正確に把握し、最適なリハビリプログラムを組むためにいくつかの評価尺度が推奨されています。その中でも特に臨床で重要視される2つを紹介します。
① TIS(Trunk Impairment Scale:体幹機能評価尺度)
脳卒中後の体幹評価において、世界中で最も広く使われているツールの一つです。主に以下の3つの要素を座位(座った姿勢)で評価します。
- 静的座位バランス: 支えがない状態で、足を床につけてまっすぐ座っていられるか。
- 動的座位バランス: 体を左右に傾けたり(側屈)、元に戻したりする動きがコントロールできているか(骨盤の傾きや体幹の動的な制御を見ます)。
- 体幹の回旋: 肩や骨盤を前方・後方にねじる動きが、代償動作なくスムーズに行えるか。
② TCT(Trunk Control Test:体幹制御テスト)
より簡便に、ベッド上や日常生活動作に近い形での体幹機能を点数化するテストです。
- 仰向けから麻痺側への寝返り
- 仰向けから非麻痺側への寝返り
- 起き上がり(座位になる動作)
- ベッドの端で足を浮かせた状態での座位保持(5秒間)
これらの評価を行うことで、「どこまでは自力でできて、どこから代償動作が入るのか」の境界線を見極めることができます。
3. エビデンスに基づく体幹治療アプローチ
低下してしまった体幹機能を再獲得するための具体的なリハビリテーション手法(介入策)について、科学的根拠(エビデンス)を交えて解説しています。
① 不安定な支持面を利用したトレーニング
バランスボールやバランスディスク(クッション)の上に座った状態、あるいは揺れるプラットフォームの上での体幹練習は、平らなベッドや椅子の上で行う練習よりも、深層の筋肉(ローカル筋:腹横筋や多裂筋など)を効率的に動員できることが示されています。 これにより、自ら姿勢を修正する「フィードバック制御」の能力が鍛えられます。
② 四肢の運動を組み合わせた体幹練習(APAの再構築)
単に腹筋・背筋運動を行うだけでなく、「座った姿勢でボールをキャッチする」「麻痺側の手を前方へリーチする」といった、四肢の運動に伴う体幹のコントロール練習が推奨されています。 手足を動かす刺激とセットで練習することで、先ほど触れた「予測的姿勢調節(APA)」の神経回路が刺激され、日常生活動作に直結する生きた体幹機能が身につきます。
③ 課題指向型アプローチ(目的を持った動作練習)
「10秒間まっすぐ座る」という抽象的な練習よりも、「テーブルの上のコップに手を伸ばして引き寄せる」「座ったまま床に落ちたタオルを拾う」といった、明確な目的(タスク)を持った動作を繰り返すことが脳の可塑性を強く促します。
4. 体幹リハビリは「Need(必須)」か「Luxury(贅沢)」か?
脳卒中リハビリテーションにおいて、体幹へのアプローチは「Luxury(余裕があればやる贅沢品)」ではなく、絶対に欠かすことのできない「Need(最優先されるべき必須項目)」である。という結論を述べています。
体幹機能は、単に「座る」「立つ」ためだけの機能ではありません。
- 上肢の機能向上:土台(体幹)が安定するからこそ、肩や肘、指先をリラックスして精密に動かせるようになります(近位の安定性が遠位の可動性を生む)。
- 歩行の安定と安全性:歩行時のふらつきや転倒リスクを減らし、推進力を生み出すベースになります。
- 日常生活(ADL)の自立度向上:寝返り、起き上がり、立ち上がり、トイレ動作など、あらゆる生活動作の自立度に体幹機能の高さが直結しています。
5. まとめ:明日からのリハビリに活かすために
脳卒中後のリハビリを進める中で、どうしても「麻痺した手がどれくらい動くか」「足がどれくらい前に出るか」に意識が向きがちです。しかし、それらの運動を支えているのは、常に目立たないところで体を支えてくれている体幹です。
もし、手足を動かそうとしたときに過剰な力みや代償動作が出てしまう場合は、一度原点に立ち返り、「今の姿勢の土台(体幹)は十分に安定しているか?」を評価し、アプローチしていくことがブレイクスルーの鍵になります。
この論文が示すように、一人ひとりの体幹機能(TIS等の指標)を細かく分析し、ただ手足を動かすだけでなく、中枢部(体幹)の安定から末梢(手足)のコントロールへとつながる統合的なリハビリテーションを大切にしていくことが良いでしょう。
土台から身体を見直し、よりスムーズで実用的な動きを一緒に獲得していきましょう!
A review on assessment and treatment of the trunk in stroke , Neural Regen Res. 2012 Sep 5;7(25):1974–1977. doi: 10.3969/j.issn.1673-5374.2012.25.008



